浴槽水・プール除菌

第1章 いよいよ高まる微生物災害のリスク Part1

またも繰り返された、レジオネラ菌による悲劇

3年におよぶコロナ禍に明るい光が見え始めた2023年の春、何ともやり切れないニュースが一部の新聞、ニュースなどで取り上げられました。
「3月12日、福岡県筑紫野市二日市温泉にある老舗旅館「大丸別荘」運営会社の前社 長、自殺遺体で発見!」

この報道に接したとき、私は「ああ、この人もまたレジオネラ菌の被害者のひとり かもしれない」と痛切に感じたものです。

同旅館は、日本最古の歌集『万葉集』にも登場する由緒ある二日市温泉でも指折り の老舗として知られ、創業は江戸時代後半の1865年。敷地6500坪に客室数は 41、自慢の大浴場は男女とも100坪で、過去には昭和天皇もご宿泊された、温泉ファンからは「あこがれの宿」でもありました。

そんな名門温泉旅館の経営者が、なぜ自殺せざるを得なかったのでしょうか?

きっかけは、前年2022年8月に福岡県外でレジオネラ症の患者が確認されたことでした。その患者への調査によって直近に「大丸別荘」の利用が確認され、報告を受けた福岡県による立ち入り検査で基準値の2倍のレジオネラ菌が検出。ただ、このときは「大丸別荘が原因と特定されず」という灰色の判断がくだされ、旅館側も過去 3年保管義務のある管理記録を示して「湯交換、(消毒のための)塩素注入は適正だった」との主張をしたことから、事態はいったんの決着を見たかに思えました。

ところが、11月に入っての保健所による抜き打ち検査により、レジオネラ菌が基準 値の最大3700倍という驚くほどの結果が出たことで、同旅館への疑惑は決定的なものになります。このときの検査では塩素の濃度も基準値を下回り、さらに県の公衆浴場設置条例で「1週間に1回以上完全に交換」と定められている湯交換が、 2019年以降は1年間に2回の休業日のみという事態も発覚し、急遽、前社長が釈明の会見を開く事態になりました。

が、この会見の席上、社長自身の「レジオネラ菌云々で、特別、訴えというか、お客様からの声がなかったので、かなり安易に考えていた」「仮に亡くなることになっても、今のコロナではないが、もともと、基礎疾患があるとか、たまたま、きっかけと言ったらいかんでしょうが、そんな捉え方をしていた」との不用意な発言が反発を招き、全国から殺到する抗議に前社長は辞任。その後、県による刑事告発で警察による公衆浴場法違反(虚偽申告)容疑の家宅捜索が行われ、前社長自身への任意の事情聴取が行われていたさなか、本人の遺体が遺書とともに発見されるに至ったのです。

この自殺を受けて、マスコミやネット上ではさまざまな見解が述べられました。いわく「ネットによるリンチが前社長を追い込んだ」「いや、問題はマスコミの報道にある」「警察の捜査が拙速だった」などなど。そんななかでも「結局は無能な前社長の自業自得、仕方がない」という意見には根強いものがあったようです。そこには、 温泉旅館という庶民にとってのささやかな贅沢、娯楽の場に思いがけぬ健康リスクが 潜んでいたことへの驚きと恐怖、そして怒りがあったのは間違いありません。

確かに、前社長は条例違反に明らかな温泉管理のずさんさ、それ以前にレジオネラ菌に対する無知など、経営者として指弾されるべき点は多々あったように思います。
しかし、私はこの前社長だけを責めて終わりということでは断じてないと、強い危惧をいだいています。なぜなら、現状の「定期的な湯交換」と「塩素消毒」という方法 は、そもそもレジオネラ菌対策として誤ったものであり、そうした見当違いのやり方が続いていく限りにおいて、温泉施設におけるレジオネラ症感染のリスクは一向に減ることがなく、今回の「大丸別荘」と同じ事態は日本中のどの温泉地、温泉旅館、さらにはスーパー銭湯、そして恐ろしいことに皆さんのご自宅のバスルームでも起こり得るからです(実際、この事件の後も各地では散発的にレジオネラ症の感染が報告されています)。

誤ったまま続いてきた、国のレジオネラ対策

レジオネラ菌というのは、正式にはレジオネラ属菌といい、レジオネラ科レジオネラ属に属する約60菌種の総称です。 河川や湖沼などの自然水系や土壌中にふつうに棲息しており、温泉やプールなどの人工環境水でも20°C以上で停滞しやすい状況で広く分布。実際には自然環境からの検出率は低く、人工的に造られた水環境(温泉施設、旅館、公衆浴場、スポーツジムなどの他、ビル空調の冷却塔、給水タンクなど)から 高頻度で検出されます。培地で培養しなければ、肉眼で見ることはできませんが、大量に存在してコロニーを形成(35°C以上で5~7日間)すると、乳白色、ふぞろいの円形で特有の酸臭を発するのが特徴です。

いわゆる「レジオネラ症」(感染症法の四類感染症)は、この菌に汚染されたエアロゾル(細かな霧やしぶき)を吸入することにより発症し、全身のだるさ、疲労、頭痛、食欲不振、筋肉痛など風邪に似た症状を示す他、最悪の場合は肺炎を引き起こし、 致死率はおよそ5~10%という怖い病気です。日本における covid-19の致死率が最も高い時期で3%前後(年齢や慢性疾患の有無で増減)だったことを考えると、人から人への感染がないとはいえ、その恐ろしさを知らなかった(軽く見ていた)前社長は、温泉施設の経営者として不勉強というしかありません。菌自体が発見されたのは1976年、アメリカはフィラデルフィアの在郷軍人会 (Legion)で集団肺炎が発生したのがきっかけで、レジオネラ (Legionella)と命名。今では全世界に広まり、常識的な感染症となっています。

直接に自然の土壌と接する可能性の高い、かつての露天風呂ならばいざ知らず、露天風呂でも屋内同様の衛生状況を確保している現在の温泉が、どこからレジオネラ菌に汚染されるのでしょうか?その経路は十分に明らかにはなっていませんが、主たる原因は濾過装置にあるというのが専門家の共通の見解で、私もその可能性が大きいと見ています。

すなわち、わが国の温泉施設では源泉かけ流しの割合は約30%で、それ以外の施設では循環濾過方式を採用。これは施設の大型化に応じて常に一定の湯量を確保し、温泉資源を保護する意味でもやむを得ないことと思いますが、この濾過装置のフィル ターにアメーバなどの原生動物、藻類や耐塩素細菌が繁殖して生物膜(=バイオフィルム 詳しくは後述)を形成し、そこにレジオネラ菌が発生するのが大きな問題です。 つまり、生物膜に守られるかたちでレジオネラ菌が増殖するため、本来なら濾過によってきれいになるはずの温泉水がかえって菌に汚染されてしまうのです。

当然、そこには汚染防止の必要があり、所管官庁である厚生労働省も「レジオネラ症防止指針」によって温泉施設への定期的な湯交換と塩素を主とした消毒の義務を課していますが、例にあげた「大丸別荘」をはじめとして、十分な成果があがっているとは言えません。それは前述のように、現状のやり方が対策として明らかに誤っているからです。

では、どこが誤っているのか? まずは、これまでのレジオネラ対策のおおまかな流れを振り返ることから考えていきましょう。

これまでにも、国や地方自治体などによるレジオネラ症を防止するための行政措置は、1970年施行の「建築物における衛生的環境の確保に関する法律」や1948 年の「公衆浴場法」などの基本法規、あるいは地方自治法に基づく厚労省の技術的助言などの関連通知によって、2000年代から順次行われてきました。自治体によっ ては、対象施設を公衆浴場や旅館に限定せず、医療施設や社会福祉施設を含めた包括的なレジオネラ症に関する条例を制定している場合もあります。

とりわけ、2000年代の初めはレジオネラ症に関する事件が相次ぎ、2000年3月に静岡県内のレジャー施設で温泉利用客23人が感染(うち2人が死亡)、また6月には茨城県内の総合福祉施設において入浴した45人が感染(うち3人が死亡)。 2002年には、宮崎県内(7月)や鹿児島県(8月)の入浴施設で死亡者を出す集団感染があり、宮崎県内の事案では感染者総数が295人にも達し、うち死者が7人というわが国で最大かつ最悪の集団感染となった末に、施設の責任者が自殺する事態も発生しています。

次回(Part2)へ続く

参考:吉田政司 「信頼の技術で勝つ!防菌・防カビ ビジネスの成功戦略」

 

関連記事一覧